スポーツアジェンダ

競輪は最高のスポーツだ

競輪場は高齢だ。

まだ競輪場に行った事が無かったなら一度訪れてみて欲しい。大体の都道府県にはあるはずである。
何か所かある入場口からどこともいわず入ってみれば、ちょっとした異世界が広がっている。
そこの住人(?)達の大多数は一般社会の中では中高齢者と呼ばれる。
がしかし、ここでは平均年齢である為彼らにとってはその点で気兼ね無く過ごせている様に見える。

競輪は社会だ。(その1)

一般的にプロスポーツの選手と言えば、基本的に個人の身体能力や技術によって結果を出し報酬を受け取る。
だから結果次第で、生活出来なくなったり退職することも多いかと思われる。


サッカーや野球等、特に身体能力によって結果に大きく影響するスポーツ選手の多くは40代まで出来ればいい方である。
競輪という競技も自転車を自身の身体を動力として順位を競うものである為、ほぼ身体能力に結果が直結するが、前述したスポーツ選手に比べ選手寿命が長いと思われる。
私はそれにはある種の社会性が感じられる。



競輪は社会だ。(その2)

競輪という競技も他の競走種目と同じく当然ゴール線に早く到着した方が報酬が多い。
ただレースを行う中で他の競技には無い特殊な点がある。


それは同じレースの出場者の中で基本同地区同士、例えば九州の選手同士がラインと呼ばれるチームを組んで競走を行うことである。
当然他の地区もラインを作るので、まず他地区に主導権を取らせないようにレースを進め、自分の目標として1つでもいい着を狙っていく。


必然的に同地区での結束力が必要となるわけである。

競輪は社会だ。(その3)

レースのメンバーが決まると選手間でラインの構成が決められる。
基本的には若い選手が先頭を走りその後ろを実績が高い選手から順番に追走することになる。
ちなみになぜ先頭を若い選手が走るかというと、先頭を走ると風の抵抗をもろに受ける為一番前を走る有利がある反面、後ろを回るより体力を使うからである。


そして何故実績のある選手がその後ろを回るかというと前を走る同地区の若手選手を他のラインから守る役目を担うからである。
私はこのようなレース形態となれば、人間関係は生まれて当然であると考える訳である。