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ADHD てんかん

ADHD「注意欠陥多動性」と言う病気について

私はてんかんとADHD「注意欠陥多動性」と言う病気を持っている。
なぜてんかんになったかと言うと風疹の菌が脳に入ってしまい脳が炎症を起こして脳炎になったからだ。
私が小学生の時医師に言われて鮮明に覚えているのは「てんかんは一生治らないかもしれないかもしれないからね」と言われたのを覚えている。
注意欠陥多動性は病院の近くにある母子センターという所の先生に言われました。
てんかんで私が飲んでいる薬の名はテグレトール・リボトリール・デパケンRと言う薬を小学2年生の時から飲んでいるぜ。
今は25歳なのですがまだ小児科に通っているよ。
病院に行くのは3か月に一回のペースなのでそれ程仕事も休むことも無いし今は朝と晩だけ薬を飲んでいる。
但してんかん発作が全くないかと言えばそうでもないですが1年に2・3回あるくらいなので仕事には何とかいけている。
今現在は母子センターには行っておらず病院にだけ行っている。
病気をお持ちの方はくれぐれもお気を付けて下さい。

てんかん発作

軽い手足のけいれんが続くことがあり、それがてんかん発作だと気付かずにずっと放置していました。
「けいれん」という言葉の意味を理解したのが、中学生の頃。
そのころすでに、けいれんが起こっていたので、実際に発症したのはそれより前のことだと思います。
小学生のころには、片頭痛の発作もありました。
頭痛は、祖母・母と頭痛家系でしたので、そちらも放置されていました。
ところが、ひょんなことからてんかん発作の疑いが出て、脳波検査を受けることになり、てんかんの診断が出ました。
それは、症状が出始めてから13年くらいたったころでした。
言われてみれば、手足のピクピクしたけいれんや、数秒間の意識喪失(転倒はしない)など、思い当たることがありました。
てんかんといえば、「こどもの病気」というイメージがあったので、正直、驚きました。
診断を受けてからは、自分に合う薬をさがす日々が続きました。
しかし、どの薬も副作用が強くて飲めず。
次第に発作も強くなってきており、転倒したり、脱力して立てなくなることも…。
現在は、副作用に耐えられるギリギリの量、ごく少量の薬を飲みながら、できるだけ発作を軽減して毎日を過ごしています。
ストレスや疲れ、睡眠不足はてんかん発作の大敵。
毎日、無理をしないよう気を付けながらの生活です。

日記について

日記とはなぜつけるのだろうとふと思った。
そもそも誰に対して書いているのだろうか?
自分?他人?
誰に対しても書いていない?
たぶんだが未来の自分にたいしてであろうかと思う。
じゃあ、なぜ未来の自分に書くのだろうか?
一つにそのときの魂を視るためなのかもしれない。
その辛いとき、苦しいとき、どうであったかを確認するために。
そのときの記録がただの記録が深い意味を未来へと運ぶそれが日記なのかもしれない。
一時の経験が後の時間で出会う。
ここに意義深いものがあるのだろう。
しかし、日記にはいろいろあるだろう。
いいことをした、されたなんていう喜びの日記をつける人がいてもおかしくはないだろう。
その喜びの日記をつける意味は何であろうか?
一つにそんなことが過去にあった。
だから今、また誰かに恩返ししてあげようとなるためにあるのかもしれない。
喜びや悲しみを日記として記録し、未来でみる。
ここには、未来の自分を無意識的に存在していると約束しているのかもしれない。
なぜなら未来の自分は今という時間には生きられない。
当然のことながら未来の自分は今は存在していない。
そういったことを考えると日記は未来の自分に対する契約なのかもしれない。